01月27日

テンカラ徒然草


 「テンカラとこだわるうえには無視できない技」

 テンカラで心がけている事は何かと言えば、
わかりやすく言うと「毛鉤を見る」という事に尽きるでしょう。
この言葉はとてもわかりやすいと思いますが、実際にやるとなると結構難しい事です。
 
 ここに二種類の毛鉤があったとします。
一つは蓑毛が茶色で魚が良く反応しますが、目で追いきることは出来ない毛鉤です。
もう一つは魚の反応は若干悪くなりますが、
目で追う事が何とかできる、グリズリー系、またはグレー系の蓑毛の毛鉤です。
 「さてどちらの毛鉤を使おうか?」という事になります。
私は後者の「魚の反応は若干悪いが、何とか目で追う事ができる毛鉤」を選びます。

 正直言うと、以前、私も「とにかく魚のアタリが無くては話にならない。」
とばかりに茶色の毛鉤を常用していた時期がありました。
 すると如何な状態になるかといえば、「毛鉤が大体魚の居るポイントにさしかかったな」と思った瞬間、
魚が走るのが判ればその瞬間アワセもききますが、魚の出を発見できない場合、
ラインがビュンと張って手にアタリが来た時は大方魚は毛鉤を放して、どこかに消えていってしまいます。

 「それはラインに遊びが無いからさ。」

 確かにそうで、では「ラインを長めにしよう、アタリはラインで取ろう、ラインを少し目立つ色にしよう。」
そしてラインは張らずに少したるませ気味にして、このラインの遊びがあればアタリまたは、魚の出が来ても、
アタリが手感に来る前にアワセられたらフッキングする率はかなり高いものにリます。
こうしてテンカラを楽しんでいた時期がありました。そして結構釣れました。

 しかしよくよく考えてみれば、これは餌釣りに近いテンカラ、またはフライに近いテンカラではないかな。
 テンカラがテンカラなるゆえにその有効性を最大限に発揮できる釣り方はいったいどんな釣り方なのだろう。

 あれこれ思案する日々の中で、「うすうす気が付いていたこと」もありました。

 それはどんな時かというと、
「もう魚が居ないのではないか」と思えるほど渋い釣りになった時、いろいろな手を使う中で、
「毛鉤にわずかではあるけれどもアクションを加える。」という手段に出たとき、
全く居ないと思われたポイントからいきなり魚が飛び出すという経験が幾度かあった事です。
ある意味で私の毛鉤が稚拙で「見切られていた」という事でもありますが、
逆に稚拙な毛鉤でもアクションを加えることで、さすがな魚も「誘われて食いついてしまった」事も事実です。
 
 この釣り方を意図的に、スムーズに行おうとすると、何はともあれ「毛鉤を見続けなくてはならず」、
今までとは全く逆の釣り方、つまり、魚との距離も短距離(竿+ライン+ハリス=8〜9メートル)
ラインに余裕を持たすことにも限界がありました。
アワセは魚が毛鉤に食いつくかどうかの一瞬ことになる場合がほとんどです。

 そして、毛鉤を操作する難しさに苦しむ日々が続きました。

 一方、この釣りには他にない喜びがあります。
毛鉤という「釣り人から一番遠い末端」まで、「釣り人の意思」が通っているという事です。
「釣り人の意志」が最も魚に接近する事のできる釣りなのです。
 
 この釣り方に変えて、当初は自分の未熟さから釣果も落ちましたが、
今では釣果はもちろんテンカラの面白さも増しました。

 毛鉤にアクションを加える、大げさに言えば「生命感を与える」ことの重要性は
「テンカラとこだわるうえには無視できない技」に間違い無いと確信しています。



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